flat7th

memo/20121115

created 2012-11-15 modified 2012-11-23 

ギターの弦は、テンションが高すぎるとポソポソでサスティーン(継続性)がなくなるんだよね。

仕事も同じじゃないだろうか。どうだろうか。


別の話。
自動車社会と言われるアメリカでは、日本と比べて「急発進・急ブレーキ」の運転が多いのだとか。

仕事で「急発進・急ブレーキ」を繰り返してはいないだろうか。それを臨機応変だとか、機転がきくとか言っていないだろうか。



また別の話。
ふと、自分の問いの答は自分の中にしかないのではないかと、思う。

コロコロと変わるルールによって競技していても、運営者に踊らされるだけだ。そんなルールには乗らず、淡々と信じる方向へ進みたいと思う。

自分が何をしたいのか、て実は難しいんだよねぇ。
そもそも目的があって生まれてきたわけじゃない。


数週間前だったか、ある人が、ふらりと愛車のジープ・チェロキーに乗って旅行に出かけた、という話を聞かせてくれた。
話し方が上手いのか、その旅自体が良かったのか、とてもおもしろい話だった。

目的もなくふらりと旅行に出かける。旅人は、しばらく気ままに進んだあとに「この旅のテーマを何か決めて、テーマにしたがって行動してみよう」などと思い始める。

テーマを決めたら、一体どうなんだ、ということは、特にない。けど、テーマにそった事をたくさんすることで何が得られるかというと、旅から帰って、その旅を振り返ったとき、そしてその旅の話をだれかに面白おかしく話して聞かせるときに、

こんな行動テーマにそって、一つの事をいろんなところでやってみたよ

と、披露できるネタになる。


例えば、夕日の写真を必ず撮る、とか。例えば、おいしい食べ物を食べた記録をつける、とか。



楽しいことなんて、自分で無理やり作り出すものなんだよねぇ。

数年前、千葉の妙典に住んでいたとき、僕はそこから神奈川の戸塚に片道1.5時間かけて通っていた。8:30始業だったかな。今思えば辛かった。でも、何か楽しい事をしてやろうと思って、こんなゲームをし始めた。

東西線の大手町から、JRの東京駅に乗り換えるとき、ガード下の数十メートルの路地を通る。
この路地を歩いている間に、赤いネクタイの人とすれ違う数と、青いネクタイの人とすれ違う数で、どちらが多いか、
その日の朝、自分で勝手に賭けて、自分で数えて、よし今日は勝ち、今日は負け、とかやる。

黄色やら紫が多くて今日は勝ち負けわからん、なんていう日もあった。
でもそうやって、つまらない通勤を何とか楽しくしようとしてみた時期があった。

何をどう間違ったのか、今はその同じ路地を反対向きに通って、片道1:50かかって仕事場に行っているのだけど、まぁそれはまた別の話。



人生も、もしかしたら「目的を決めずにふらりと出た旅」のようなものかもしれない。

最初は右も左も分からず、歩けるあたりをウロウロする。

そのうち様子が分かってきたら、「テーマを決めて行動してみよう」などと思う。
それは自転車で世界を一周してみよう、なんてことかもしれない。あるいは、自分で作った歌をギター弾いて歌って1000人に聞いてもらおう、なんてことかもしれない。

テーマを決めて何がうれしいかっていうと、別にどうってことはないんだけど、旅から帰ったとき、その旅の話を誰かに面白おかしく聞かせる時に、ネタになる。



人生で何をするか、なんて、そんなものかもしれない。